2009年04月16日

2006年09月07日

17年

私と妻は学生時代に出会いました。サークルの先輩、後輩として。

あれから17年...。

えっ?もう17年!?

思えば長いつきあいです。


私が妻を選び、そして、妻が私を選び...。

いや、それ以前に、神様が、私たち二人を夫婦となるように選んでくださった。

そして子どもまで授かり...。


神様、ありがとう。


妻がいるから頑張れます。


子どもがいるから頑張れます。



妻へ。

今まで人生のパートナーとして一緒に歩んできてくれてありがとう。そして、これからももっともっと多くの事を共に体験していこう。

出会ってからまだ17年しか経っていないのだから...。


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posted by パパチャリ at 09:51| Comment(6) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

マイナス思考のスパイラル

昨日はブログを更新することができませんでした。実は、ある事で落ち込んでおり、パソコンに向かう気持ちになれなかったのです。こういうときは仕事も集中して行うことはできません。そして今日もその気持ちを引きずっています。
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posted by パパチャリ at 09:00| Comment(7) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月02日

思いやりの気持ち

わが子がお世話になっている保育園では『おたより帳』なるものがあります。わが子の保育園での様子を、先生が毎月コメントしてくださるのです、この『おたより帳』に。

先日終わった5月のページには、先生から次のようなコメントが書かれていました。

「泣いている友達のそばに行って、「大丈夫?」といい子いい子をしたりしてくれています。」

おぉ、保育園でそんなことをしているのか!偉いぞ、わが子!親としてハナが高いぞ!頼むから、その優しい思いやりのある心をいつまでも持ち続けてくれい!

「ん...待てよ。」

ふと我に返りました。

私はどうだ?
子どもに思いやりの気持ちを持ち続けてほしいと願っているこの私はどうなのだ?

私は優しい?
思いやりがある?
大人になって優しい気持ちを忘れた?
そもそも子どもの頃からそんな気持ちを持っていなかった?

自問自答しているうちに、次の言葉が頭の中にポッと浮かんできました。

『人とともに悲しむことによってその悲しみは半分になる。人とともに喜ぶことによってその喜びは二倍になる』

使い古された言葉ですが、そばにいて話を聞いてあげることの大切さ、共感しあうことの重要さが現れている言葉です。

2歳9カ月にしてわが子は泣いているお友達のそばに寄り添い「大丈夫?」と話を聞いてあげている...。

それなのに私は...。妻の話さえしっかりと聞いてあげることができていないではないか。一番身近な存在の妻に対してできないのに、どうして他人の話を聞くことができようか...。

そっと寄り添い、「大丈夫?」と話を聞く子どもの優しさ、思いやり。
この思いやりの気持ち、私自身がいつも心にとどめておかなければ!

今日は、子どもに学ばされました。わが子に感謝します。

「ありがとう!」

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『思いやり』で検索しました。ご参考まで。
『今日のメール』
『Green Pastures』


posted by パパチャリ at 06:47| Comment(5) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

私の関白宣言

昨日、思わず泣いてしまいました。

えっ?いやいや泣いたのはわが子ではありません。恥ずかしながら私が...。しかも、お昼のワイドショーを見ていて...。

きっかけは、昼休みにたまたまテレビで放送していた、さだまさしさんへのインタビューでした。さだまさしさんといえば『風に立つライオン』『道化師のソネット』などのヒット曲で有名。

えっ?知らない?

知らない人は『北の国から』のテーマ曲を作曲した人、といえばわかっていただけるでしょうか。(「純〜!ほたるぅ〜!」でお馴染みのあのテレビドラマです。)

番組では、かつてのヒット曲、『関白宣言』についての話をされていました。『関白宣言』というのはいわば、結婚するけどオレは亭主関白だぞ、覚悟しておけ、と宣言する歌。

「オレより先に寝るな!」
「めしは上手くつくれ!」
「いつもきれいでいろ!」

と勝手に宣言する歌なのです。

実は、今まで『関白宣言』の歌詞をあまりよく知りませんでした。当時、小学生だった私は、『関白宣言』よりも、志賀ちゃんが歌っていた『わんぱく宣言』に熱をあげていたのです。(しかし、『わんぱく宣言』を知っている人、いるのだろうか???)

テレビの中で、さださんは、「内容が女性蔑視的な表現を含むということで、当時、かなり苦情がきた」と語っておられました。でも、苦情を言うのは最初のフレーズしか聞いていない人たちのこと。最後まで聞けば、この曲が如何に女性蔑視でないかがわかります。

歌詞については著作権の問題もあるので、こちらをどうぞ。→『関白宣言』

テレビでさださんは『関白宣言』のサビを歌ってくれました。その歌を聴いていて、私の心の中で、あることが思い出されました。それはまだ、子どもが産まれる前の話です。妻はよく私にこんなことを言っていました。

「私よりも先に死なないでね。」

それは、愛する人の死を見届けるのはつらい。遺された後、どうしていけばいいのか。だから健康には人一倍、気を遣ってほしい、長生きして欲しいという心からの願いでした。

実は、妻は早くにお父さんを亡くしています。そのときのつらい経験から出ていた重い言葉なのです。その妻の思いや言葉が、ブラウン管を通して聞こえてくる『関白宣言』の歌詞とオーバーラップして...涙、涙、涙。もうやだ〜(悲しい顔)

まだ『関白宣言』を聞いたことがないという人は、ぜひ聞いてみてください。

ここに、私の『関白宣言』を。

子どもが育って  年をとったら
俺より先に    死んではいけない
例えばわずか   一日たりとも
俺より後に    死んでもいけない(笑)

何もいらない   二人手を握り
笑顔を絶やさず  長生きしよう
あなたのお陰で  いい人生だったと
お互いに言おう  必ず言おう〜るんるん

今日は、さだまさしさんと妻に感謝します。

「ありがとうございます!」

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『関白宣言』関連ブログです。
『ribbon*heart』
『2人暮らし〜結婚てなんなんだろう〜』
『おんがく日記』

posted by パパチャリ at 09:58| Comment(3) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

世界に一つだけの花

わが家の庭の片隅に花が咲きました。
それも庭の隅っこも隅っこ、通路のようなところに。
小さくてかわいい白い花です。

世界に一つだけの花

この花の名前は『うつぎ』といいます。

実は、わが家の苗字と同じ名前なのです。この春、妻が同じ名前ということで苗を買ってきて植えてくれたのでした。とてもきれいな花です。写真に撮ってわが家のアルバムに保存しておこうと思います。

そういえば『アルバム』という言葉、もともとは『白』を意味する言葉からきているそうです。何もない真っ白なページに一枚一枚写真を納めて自分色に染めていく。そんなイメージなのでしょうか。確かに昔のアルバムを引っ張り出してみると、楽しい思い出、懐かしい思い出、美しい思い出に少し切ない思い出...。アルバムには様々な思い出が様々な色として残されています。

それにしても『うつぎ』の花の白さに驚きです。小さいけれど綺麗。かわいらしい。庭の片隅という場所がまた妙にフィットしています。ずっと見ていても飽きません。

じっと見ているうちに子どものことが頭に浮かんできました。

わが子もこの白いうつぎの花のように純粋に育ってほしいなぁ。庭の片隅に咲くこの花のように、目立たなくてもいいから自分の花を思い切り咲かせてほしい。ナンバーワンでなくてもいいからオンリーワンになってほしい。そうすればこんなにもきれいな花を輝かせることができるのだから。

今日はこんなに綺麗なうつぎの花を咲かせてくれた妻に感謝します。

「ありがとう!」

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posted by パパチャリ at 07:31| Comment(5) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

子どものしつけ方

昨晩、わが子は夜、何度も起きてしまいました、しかも泣きながら。
ママに甘える感じで「お茶飲む!」「だっこ!」と。

原因は私にあるのです、おそらく。

実は昨日の昼間、近所の公園に遊びに行きました。
わが子はすべり台などでひとしきり遊んだ後、砂場においてあったダンプカーのおもちゃで遊び始めました。

そこへ男の子が近づいてきました。見た感じではわが子と同じくらいの年齢。どうやらわが子が使っているダンプカーで遊びたい様子。

そして男の子が小さい声でわが子に言いました。

「貸して!」

男の子にとっては必死のお願いです。

しかしわが子はそんな声はどこ吹く風、まったく耳を貸さず、一人でダンプカーに砂を入れて遊び続けています。

「あれっ?お友達が『貸して!』って言ってるよ。こういうときはどうするんだっけ?」

「順番っこで仲良く遊ばなきゃでしょ。」

などとわが子にやさしく問いかけてみましたが、わが子は聞く耳をもちません。

やがてわが子は男の子から離れるようにダンプカーを動かし始めました。「自分一人でダンプカーで遊びたいんだ!」という気持ちが見え見え。一緒に遊ぼうという姿勢はありません。

そんな姿を見て最初のうちはやさしく言っていた私も、しびれを切らしてついに強行手段に!

「おウチに帰るぞ!」

と無理矢理わが子を抱きかかえて帰りました。
もう子どもは大泣きです。

「お友達だって遊びたいんだよ。一緒に仲良く遊ばないとでしょ。」と帰る道すがら諭してみましたが、わが子は納得してくれませんでした。

おそらく昼間のこの経験が夜中の泣きにつながったのでしょう。

もうひとつ、私が怒ったとき、妻が子どもの側についてやさしくサポートしていれば少しは違ったのでしょう。それがなかったことも要因のひとつかもしれません。

どこかで「どちらかが怒る場合はもう一方が子どもの受け皿になって逃げ道を用意してあげることが重要。」と書いてあったのを読んだことがあります。それもできていませんでした。

ただ、いずれにせよ、私の怒り方に問題があることは間違いがありません。私自身、どのようにしつけをすればよいのか、試行錯誤の日々。

それにしても先日、ドロシー・ロー・ノルトさんの詩をこのブログでも取り上げたばかりなのに...。なかなか実践できないものですね。毎日毎日、反省、反省また反省です。

やさしく言っても言うことを聞いてくれないときどのような対応をすればよいのか?

これが今の私に課せられた親としての宿題です。

新たな課題をみつけてくれたわが子に感謝!

「ありがとう!」

誰か良い方法があったら教えてください。

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posted by パパチャリ at 08:13| Comment(4) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

悪いコミュニケーション

今朝、妻と少しもめ事がありました。

内容は子どもの保育園への送迎のこと。
今年の4月から妻の職場が変わり、妻が電車通勤から車で通勤することになりました。それに伴い子どもの保育園への送迎は、基本的に車を使う妻が行うという方向で進んでいました。とはいえ、妻に全権委任ではなく、天気のいい日や私が時間的に余裕のある日にはパパチャリで送迎をしますよと。

今朝は午前中は事務所(自宅)での仕事だったので、妻に「今朝、子どもを送ることはできるよ」とだけ伝えておきました。子どもが起きる時間にもよるので、その場での返事がないのはいいのですが、今日はいつになく子どもが早く目を覚ましました。

私としては「朝早く起きたし、準備はできてるから今日は妻が送るのだな」と勝手に思い込みました。妻は空を見て「雨降らないかな?」などと言ってましたし、まさか自転車で送らせるなんてことはしないだろうと勝手に思い込んでました。

ところが妻は「『送ることができるよ』と言ったのだから今日は夫が送るのだな」とこれまた勝手に思い込んでいたのです。

そして妻が出勤する時間...。

まったく子どもを連れていく気配がない...。

そのとき初めてお互いの思い込みがズレていることにきづいたのでした。

どっちが送ったって変わらないじゃないか!
そうお思いのあなた。実は私にとってはこれが大きな違いなのです。

妻が子どもを送る場合、朝食の後かたづけや掃除洗濯などの家事を終えても朝8時30分には私は仕事に入れるのです!

ところが私がパパチャリで送ると(送る時間が遅いこともあり)後かたづけなどの家事を終えるともう時計は10時を指して...。

はっきり言ってこの違いは大きい!
自営業は経理、営業、事務等々すべてを自分一人でこなさなければなりません。今でこそ以前よりは落ち着いてきたとはいえ、ブログの更新もままならない状況...。(そんな状況ならブログやるなよ、と突っ込まれそうですが...。)

それでもって午後も4時頃には洗濯物を取り込んだり、夕食の準備、買い物、風呂掃除、子どもを迎えに行ったりしなければなりません。

そうすると10時開始だと昼飯も食わずに働いても6時間しか仕事時間が取れない。はっきり言って何から何までやる身にはこの時間は短すぎる!

「じゃ、送っていけるなんて言わなければいい。」

そう、そのとおり!ピンポ〜ン、大正解!あなたは賢い!

中途半端な優しさで声をかけた私が悪いし、「今日は子どもも早く起きたから保育園に送っていってね」と妻に一声かければすむだけの話。

妻も「さっき送っていけると言ってたから今日はお願いね」などと言えばすむだけの話。

こう文章で整理すると、悪いコミュニケーションを改善するのは本当に些細なことなんだなぁ。

とにかく自分の思いを口にする「だけ」。
相手にどうしてほしいのかを伝える「だけ」。

要は「・・・するだけの話」。

それができるか、できないか「だけ」の話。

おそらく今日妻は帰ってきたら口も聞いてくれないでしょう。
でも、私だけでも悪いコミュニケーションを改善するために必要な「・・・するだけ」を実践してみようと思います。

昨日は良い思い込みのことについて触れたのに、今日は悪い思い込みについて触れてしまいました。でも、悪いコミュニケーションの改善方法がわかっただけでも今日は収穫!そのことに気づかせてくれて

「ありがとう!」







posted by パパチャリ at 13:38| Comment(1) | TrackBack(0) | ◆夫婦を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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